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東京高等裁判所 昭和28年(そ)1号 決定 1955年6月16日

抗告人 加藤都里雄

訴訟代理人 坂上重守

主文

原決定を取り消す。

抗告人に補償金五千百円を交付する。

理由

本件抗告理由の要旨は

抗告人に対する逮捕及び勾留は饗応の事実に基くものであり、抗告人が起訴事実である不法金銭供与の事実によつて逮捕勾留されたものではないこと原決定のとおりである。

しかし右饗応の事実についての逮捕状、勾留状に基いて、抗告人を逮捕勾留し、金銭供与の事実について併せて取調を為し、起訴と同時に抗告人を釈放したことは一件記録上明白である。

然るに原決定は抗告人の拘禁中逮捕事実と公訴事実の外更に別の罪即ち公訴事実の金員の出所についての嫌疑により取調を受けたことが窺えるとし、このような場合には不起訴処分についても補償する旨の規定がない限り、その拘禁日数の一部についても補償しないのを相当であるとして抗告人の請求を棄却したが、これは抗告人が逮捕状、勾留状により拘禁され、その拘禁中取調を受けた事実につき起訴され、無罪の判決を受けた基本事実を無視するものであり、無罪となつた事実の取調が自由の拘禁の下に為された者に対し、刑事補償を与えんとする法の根本精神を逸脱するもので違法である。それ故原決定の取消及び抗告人に対し相当の刑事補償を求めるというのである。

よつて一件記録を調査するに、抗告人は「昭和二十七年九月三日頃神奈川県足柄下郡湯本町旅館並木荘に於ける箱根物産指物協同組合員鈴木金次外四十名に対する饗応」の事実により昭和二十七年十月九日小田原簡易裁判所裁判官の発した逮捕状の執行を受け、その後四月三十日まで引続いて右事実により横浜地方裁判所小田原支部裁判官の勾留状により勾留され、翌十月三十一日同支部に「滝野貫介、原堅次、邨山嘉幸、鈴木溢男と共謀の上、同年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し神奈川県第三区から立候補した小金義照に当選を得しめる目的で、同年九月二十四日頃より同月二十七日頃までの間、数回に小田原市十字二丁目滝野貫介方等に於て選挙人高橋京作外十六名に対し夫々金銭を供与した」との公職選挙法違反の事実で起訴され爾来数度の審理の末、昭和二十八年七月二十日無罪の判決を受けたのであるが、これだけでは抗告人に対する逮捕勾留の事実と、起訴の事実とは全然別個であり、抗告人が起訴事実について逮捕され勾留を受けたとは云えない。しかし抗告人の供述調書を精査し、抗告人が拘禁中どの事実につきどのような取調を受たかをみるに、逮捕直後の同年十月九日附司法警察員に対する供述調書中には逮捕の事実即ち旅館並木荘に於ける饗応の事実等につき取調を受けたが、その後同月十四日以降は抗告人が滝野貫介等に渡した金二万円に関する公職選挙法違反の嫌疑が発覚したのでこの二万円を抗告人がどこから入手したか又滝野にどのようにして渡しているかといつた点につき取調を受けてるばかりか、右金二万円が正に右滝野、原、邨山等の高橋京作外十数名に金員供与の資金となつていることから、被告人も右高橋京作等に対する金員供与の共謀者ではないかというような嫌疑の下に取調を受けていることが認められる。

そうとすれば抗告人は公訴事実に基いて逮捕、勾留されたものではないが、別罪による拘禁中に公訴事実について取調を受けたものであり、換言すれば、抗告人に対する公訴事実の取調は別罪による拘禁を利用したものというべきであり、もし別罪による拘禁がなければ公訴事実に基いて抗告人を逮捕し、勾留したであらうと推認し得るところである。而して刑事補償法第一条の未決の抑留又は拘禁とは、公訴事実に基いて逮捕状、勾留状が発せられ、これが執行を受けた場合のみならず、別罪による既存の勾留を利用し、公訴事実について取調を受けた場合に於ける既存の勾留をも含むものと解するを相当とする。従つて饗応の事実につき逮捕勾留せられた抗告人が、その後公訴事実たる金員供与の事実について既存の勾留を利用して取調を受けしかもその公訴事実については無罪となつたこと前記のとおりであるから、抗告人は公訴事実の取調に関して既存の勾留を利用して取調が行われた期間の勾留について国家に対し補償を請求しうるものといわなければならない。原決定は抗告人は前記逮捕事実と公訴事実以外の別罪についても取調を受けているから、その拘禁日数の一部についても補償し得ないものとしている。しかし公訴事実、逮捕事実以外の第三の被疑事実に関する取調があつても、それが起訴され有罪の判決があつたとすれば、併合罪の一部につき無罪、他の一部につき有罪の裁判があつた場合に該当するから或は刑事補償法第三条第二号により、裁判所の健全な裁量により補償の全部をしないことが許され得るかも判らないが、右第三事実について起訴を受けることなく、従つて公訴事実については無罪の判決宣告があつた場合にその未決勾留に対し刑事補償を与えないということは毫もいわれがないところである。よつて抗告人の請求を棄却した原決定は相当でないから本件抗告は理由がある。

よつて進んで抗告人に補償すべき未決の勾留日数並びにその金額につき按ずるに、抗告人は昭和二十七年十月九日以降同月三十日まで拘禁せられていたことは前記のとおりであるが、公訴事実に関する取調が行われたのは同月十四日以降のことで十月九日乃至同月十三日までには逮捕勾留の事実に関する取調が為されたのみで、公訴事実に関しては未だその取調を受けたものとはいえない。従つて抗告人に対し補償せられる勾留期間は同年十月十四日より三十日まで通計十七日であると認められる。

而して右勾留期間が右のとおりであり、抗告人が既に別罪により勾留されていたという事情の外に抗告人の地位、身分、財産上の損失や得べかりし利益の喪失、その他諸般の事情を斟酌し抗告人に対しては一日金三百円の割合による補償金を交付すべきものと認める。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

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